コラム2026-05-28

【歴代エースの系譜】井原→中田→俊輔→本田→香川→久保、日本代表を支えてきた「10番」の30年史

1990年代のドーハの悲劇からW杯2026まで、30年余りの間、日本代表のエースは誰が担ってきたのか。井原正巳・中田英寿・中村俊輔・本田圭佑・香川真司、そして今の久保建英の「10番」に託された期待を世代ごとに振り返るコラム。

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1993年「ドーハの悲劇」からW杯2026まで、30年余りの間、日本代表のエースは誰が担ってきたのか。井原→中田→俊輔→本田→香川→久保——「10番」の重みを背負った選手たちのストーリーを世代ごとに振り返る。


info 井原世代(1992〜1998)— 「ドーハの悲劇」とW杯初出場

井原正巳(1967年生まれ、準決勝・ユーロスクゴスラビア)はチームのキャプテンとして1998フランス大会でW杯初出場を果たした。ジャパンブルー初期のDFとして、世界を相手に「足りないものを耳で補う」スタイルのエース。チームの「顔」として名を残した。


sports_soccer 中田世代(1998〜2006)— 世界と戦うための「テンポ」

中田英寿(1977年生まれ、ペルージャ・パルマ)はフランス。1998年初出場は「10番」を背負い、珍しく「世界と戦うテンポ」を訓えた世代のエース。2002日韓大会では代表初W杯GL突破をチームにもたらした。スクドヅッデット・ボールタッチともに冠絶していた。


local_fire_department 俊輔世代(2002〜2010)— セルティックで世界を驚かせた「魔術師」

中村俊輔(1978年生まれ、セルティック・エスパニョール他)は見が街のFKと右足のピンポイントパスで世界中を魅した。スコットランドで「SPL MVP」に選ばれるなど、「技術の代名詞」だった。


favorite 本田・香川世代(2010〜2018)— ケイスケと「ドルトムント」の二本柱

本田圭佑(1986年生まれ、CSKAモスクワ・ミラン他)は3大会連続W杯でゴール(2010カメルーン・2014コートジボワル・2018セネガル)を達成したエース。「10番の質」を見せ、後に「ケイスケ」として世界サッカーシーンに名を記す。

香川真司(1989年生まれ、ドルトムント・マンチェスターU他)は「ダークホース」の系譜。ドルトムントで2年連続ブンデスリーガ優勝に貢献したNo.10。本田と中盤コンビを組んだときの双腰は、ジャパンブルー史上最強クラス。


star 久保世代(2022〜)— 「少年天才」から「世界クラスのNo.10」へ

久保建英(2001年生まれ、レアル・ソシエダ)は10歳でFCバルセロナのインファンティルに加入、「日本の宝」とスペインでも評価されたサッカーエリート。2022カタール大会ではドイツ・スペインを破ったGL突破の主要選手。2026年にW杯2回目出場、「スペインで主軽を張る日本人の10番」という位置をつかんだ。


local_fire_department 世代ごとに見る「エース」の質の変遷

世代代表選手特徴
1990年代井原正巳「顔」としてのリーダーシップ
2000年代前半中田英寿世界と戦うための「テンポ」
2000年代後半中村俊輔「技術」の代名詞
2010年代本田圭佑 / 香川真司ケイスケとドルトムントの二本柱
2020年代以降久保建英世界クラスの「個人能力」

info 明日話せるノート

  • 日本代表のエースは30年で『顔→テンポ→技術→ケイスケ→世界クラス』と進化した」
  • 本田圏佑は3大会連続W杯でゴール、全てをW杯に損わせたNo.10」
  • 久保建英は10歳でバルセロナ加入。『日本の宝』としてスペインで評価された育ち」

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