【選手の素顔 #3】久保建英|川崎市麻生区・柿生からラ・マシアを経てソシエダエースへ
日本代表MF久保建英の素顔に迫るコラム。サッカーを始めた川崎市麻生区柿生とFCパーシモン、ラ・マシア時代、レアルを経てソシエダで見つけた居場所まで徹底紹介。
サッカーの試合を観ていると、私たちはゴールやアシストの数字に目を奪われがちです。でも、その選手はどんな場所でボールを蹴り始め、どんな道を歩んできたのか。ピッチの外ではどんな表情を見せるのか。
「選手の素顔」シリーズ第3回は、「日本のメッシ」と呼ばれた幼少期から世界の中心を歩み、スペインのソシエダエースで居場所を見つけた 久保建英(くぼ・たけふさ)選手を取り上げます。W杯2026、グループFを突破してベスト16、そしてその先へ進むために、サムライブルーに最も期待がかかる選手のひとりです。
star 基本プロフィール

_久保建英選手(CC BY-SA / Wikimedia Commons)_
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 久保 建英(くぼ たけふさ) |
| 生年月日 | 2001年6月4日(24歳) |
| 出身地 | 神奈川県川崎市麻生区 |
| 身長 / 体重 | 173cm / 67kg |
| ポジション | MF / FW(右ウイング・トップ下) |
| 利き足 | 左足 |
| 所属クラブ | レアル・ソシエダッド(スペイン・ラリーガ) |
| 背番号 | 14 |
| 代表キャップ | 約45試合 / 7ゴール |
| 愛称 | タケ、Take Kubo、「日本のメッシ」(幼少期) |
arrow_forward 故郷を知る ― 川崎市麻生区・柿生
久保建英がサッカーを始めた場所、それが 神奈川県川崎市麻生区の柿生(かきお)エリア です。川崎というと工業都市のイメージが強いかもしれませんが、麻生区は多摩丘陵の緑豊かな住宅街。小田急線の柿生駅周辺は、柿(かき)の名産地として知られてきた静かな街です。
麻生区の基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県川崎市最西部 |
| 人口 | 約18万人(麻生区) |
| 市長(川崎市) | 福田紀彦 |
| 東京からの距離 | 約25km(新宿から柿生駅まで小田急で約30分) |
| 主要駅 | 柿生駅、新百合ヶ丘駅(小田急線) |
柿生という街
「柿生」の地名はその名の通り、古くから 柿の名産地 であったことに由来します。多摩丘陵の丘陵地帯に位置し、今も緑鮮やかな公園や公園として整備された自然が残る、「都心に近い里山」とも言えるエリアです。
FCパーシモン ― 久保建英のサッカーの原点
久保が初めて所属したサッカーチーム FCパーシモン は、麻生区を拠点に活動するジュニアユースクラブです。昔や、柿の実幼稚園の卒園生たちによって設立されたクラブで、チーム名の「パーシモン」は英語で「柿」を意味します。
久保は麻生区内の 風の谷幼稚園 に通いながら、幼稚園年長の頃にはFCパーシモンでボールを蹴り始めました。ひとつ下の学年の試合に進んで出場してもドリブルでディフェンスを全員抜いてゴールを重ねる、という伝説的なエピソードが残されています。
街全体で見守るスター
麻生区や柿生エリアでは、小さな頃の久保の姿を見てきた人々が今も彼の成長を見守り続けています。幼稚園やクラブ関係者、商店街の人々、学校の関係者、そして同世代のサッカー仑達たち。地元メディアでも「麻生の誇り」として頻繁に取り上げられています。
高層マンションや商業施設が並ぶ都心とは違う、静かで緑豊かな里山の街。そんな柿生で、小さな久保少年は「人より上手い」だけではなく、サッカーを心から愛する心を育んだのです。
calendar_month 年代別キャリア年表
| 年 | 年齢 | 出来事 |
|---|---|---|
| 2001 | 0歳 | 神奈川県川崎市麻生区で生まれる |
| 2004頃 | 3歳 | ボールを蹴り始める |
| 2006 | 5歳 | 風の谷幼稚園と並行してFCパーシモンに加入 |
| 2009頃 | 8歳 | 川崎フロンターレ・U-10に所属 |
| 2011 | 10歳 | FCバルセロナのキャンプでスカウトされ、ラ・マシアに加入 |
| 2011-15 | 10-14歳 | ラ・マシアで誓いのトレーニング。FIFAによるバルセロナへの未成年者移籍制裁により公式戦出場不可に |
| 2015 | 14歳 | 帰国しFC東京U-15武蔵に加入 |
| 2016 | 15歳 | FC東京U-18とトップチームを並行。J3でクラブ史最年少ゴール記録 |
| 2017 | 16歳 | J1デビュー(16歳5ヶ月)。代表U-15・U-16・U-17で中軸 |
| 2018 | 17歳 | 横浜F・マリノスにレンタル移籍 |
| 2019 | 18歳 | レアル・マドリードと契約。RCDマヨルカにレンタル。A代表デビュー |
| 2020-21 | 19-20歳 | ビジャレアル、ヘタフェとレンタル先を転々 |
| 2021-22 | 20歳 | マヨルカに再限定付き移籍 |
| 2022 | 21歳 | レアル・ソシエダッドに完全移籍。カタールW杯でドイツ・スペイン撃破に貢献 |
| 2023-24 | 22歳 | ソシエダでブレイク。CLグループステージでも中心選手として評価を高める |
| 2024夏 | 23歳 | 背番14号を背負う、名実共にソシエダのエースに |
| 2025-26 | 24歳 | ラリーガ18試合で2ゴール3アシスト。筋肉負傷と戦いながらW杯本番を見据える |
sports_soccer サッカー遍歴 ― クラブキャリアの軌跡
FCバルセロナ・ラ・マシア(2011-2015)
10歳で世界最高峰のクラブのドアを叩いた久保は、メッシやシャビ、イニエスタを輩出した名門アカデミーで誓いのトレーニングを受けました。インファンティルやカデテのカテゴリーで始終チームのエースとして活躍しましたが、FIFAによるバルセロナへの未成年者移籍制裁により公式戦への出場が不可能に。帰国を余儀なくされました。
FC東京(2015-2019)
14歳で帰国した久保は、すぐにFC東京のアカデミーで頭角を現しました。15歳4ヶ月でJ3デビュー、同サイトでクラブ史最年少ゴール記録を塔し、翼年には16歳5ヶ月でJ1デビューを果たしました。
レアル・マドリード・レンタル時代(2019-2022)
2019年夏、レアル・マドリードと契約。ジダンではジョセル・ムリーニョとコンビを組み、世界中の注目を集めました。ただ、トップチームで出場を获得することは難しく、マヨルカ、ビジャレアル、ヘタフェと複数クラブを転々とするレンタル生活を送りました。それでもスペインでの適応力とチャレンジ精神は、この期間に磨かれました。
レアル・ソシエダッド(2022-現在)
2022年夏に完全移籍。サンセバスチャンの静かで豊かな街と、選手を大事に育てるクラブの雰囲気は久保にピッタリとハマりました。イマノル監督の下で不動の右ウイングとなり、2023-24シーズンにはCLグループステージでも中心選手として評価を高めました。2024年夏に契約を延長し、背番14号を背負うソシエダの顔となりました。
仲の良い選手たち
中井卓大ーピピ(元レアル・マドリード・カスティージャ)
スペインでサッカーをしている同世代の仲間。ユース代表時代からの長い付き合いで、スペインでの生活・サッカー両面でのパートナーです。
三笠薫(ブライトン)・堂安律(フランクフルト)・鎌田大地(クリスタル・パラス)
日本代表の攻撃ユニットを形成する仲間たち。2026年3月のイングランド戦での歴史的勝利は、この4人の連携によってもたらされたものでした。
中村敬斗(スタッド・ランス)
1歳年上だがユース代表時代からの仲間。久保は「中村からゴールが生まれるなっていう予感がある」と語っています。
local_fire_department 日本代表での活躍
| 年 | 大会 / 試合 | 成績 |
|---|---|---|
| 2019 | A代表デビュー | コパアメリカで初出場 |
| 2021 | 東京五輪 | OA枚以外の主力としてベスト4、メキシコ戦でゴール |
| 2022 | カタールW杯 | ドイツ戦・スペイン戦で陸上を推進しグループ首位通過に貢献 |
| 2023-25 | W杯アジア予選 | 複数ゴールで予選突破に貢献 |
| 2026.3 | スコットランド戦 | 1-0勝利 |
| 2026.3 | イングランド戦(ウェンブリー) | アジア勢初のW杯関連イングランド勝利に貢献(1-0) |
2026年3月のウェンブリーでのイングランド戦では、中村敬斗のアシストから三笠薫が決勝点を叩き込み、世界を驚かせる歴史的勝利を達成。久保は試合を通して右サイドで震据点となり、チャンスメークとしても魅せました。
favorite SNS・メディア発信
Instagram(公式)
フォロワー数は数百万人規模。試合後のチームショットやサンセバスチャンでの生活シーン、代表チームでのオフショットを中心に投稿。SNSでは多を語らない訇黙なスタイルで、サッカーと向き合う姿勢が伝わってくるアカウントです。
メディア出演
スポンサーとしてadidasと個人契約を結んでいるほか、黄色のスパイクシューズと出現するテレビCMは日本でもお馴染み。誠実で谪虚なインタビューでの受け答えも高い評価を受けています。
その他の発信
公式サイトやX(旧Twitter)は不動を貫いており、「サッカーに集中したい」という本人の意思が反映されています。スペイン現地のメディア取材にはスペイン語で応対する姿がよく見られ、現地記者からも人柄を誉める声が上がっています。
info 編集後記
久保建英の物語は、「幼さな天才」という言葉だけでは語り尽せない深さを持っています。柿生の小さなクラブでボールを蹴り始めた少年が、世界最高峰のアカデミーで警醉し、そしてルールにバルセロナを離れることを余儀なくされる。2国間のサッカーシステムのばざまに振り回された幼年期を、久保はただ黙々とサッカーで返してきました。
レアル・マドリードという「世界最高ブランドの一員」という誋りを抱えながらも、それに探られずレンタル先で結果を出し続けた。そして、サンセバスチャンという「本当の居場所」を見つけてからの久保は、明らかに完成された選手のオーラをまとい始めています。
W杯2026、グループFでオランダとスウェーデンという強豪と対決する日本代表。ベスト16、そしてさらにその先を見つめるためには、この麻生区柿生が生んだサッカー少年の魔法が不可欠でしょう。
_本記事は「選手の素顔」シリーズの第3回です。サッカーの成績だけでなく、選手の人間性や故郷の魅力に光を当てるコンテンツです。_